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活動を行う理由(きっかけ)について

「ごあいさつ」のところで書いた現在行っている活動、今後行っていきたい活動について、どうして行おうと思ったのか?
このご質問はときどき受けますので記載しておきます。

大きな分類で書くと、「酒乱・賭け事をする父親」「幼少期の生死を彷徨う交通事故と不器用」「歌舞伎町卍會のハウル・カラシニコフとの出会い」この辺りが今のTwitterでの発言や活動を行う理由になっています。

①「酒乱・賭け事をする父親」
ものごころついた時から私の父親は酒乱でした。
特に外へ飲みに行って帰ってくると酷いもので暴言・暴力に私も母親も怯えて本人が眠るまで家の中が地獄でした。
また、賭け事(賭け麻雀がメインでした。)もする人だったので本人がお金を稼ぐ時期もありましたがそうでない時期には飲み代と賭け事のお金で苦労することも多かったです。
そんな父親も7年前に亡くなりましたが、私は中学生頃~亡くなるまで「早く死なないかな?」「殺してやりたい」そんな思いをずっともって生きてきました。
実際、中学生の頃にはオカルト本を読んで父親を呪い殺してやろうと思って実践したこともあります。
もちろん、何の効果もありませんでしたが。
そんな私が何とか生きてこれたのは、逃げ場所(居場所)があったから何とか心を保てる人がいたから。
例えば高校時代、私は定時制高校に通っていましたが家にいたくないなという時には高校の職員室が居場所でした。
そして、先生方が帰る時には先生が寮でご飯を食べさせてくれた。
私が30代の時には、お酒を飲みながら話を聞いてくれる人がいた。
要所要所でそういう居場所・人がいたから何とか犯罪者にもならずにこれたと思います。
なので自分もそんな居場所を作れたら、そんな想いが活動を行う理由(きっかけ)の1つです。

②「幼少期の生死を彷徨う交通事故と不器用」
そんな家庭環境の中にあって、何歳かは不明ですが小さい頃に生死を彷徨う交通事故を経験しました。
地元の病院から大学病院へ搬送されるというものでした。
しかし、幸か不幸か助かってしまい現在に至ります。
その間には、母親に「何であの時そのまま殺してくれなかったのか?」と何度いったことかわかりません。
もともとの性格もあったと思いますが、家庭環境・交通事故という経験から性格も手先を不器用(それは今も変わりません。)な人生を歩んでいると思います。
実際、私はいまだに自転車にも乗れないし運転免許証もペーパードライバー。
小学校~高校まで運動も苦手・音楽の楽器や家庭科・工作なども苦手で苦手なものから逃げてきました。
そんな不器用な人生を送ってきたことも今の活動を行うきっかけの一つです。

③「歌舞伎町卍會のハウル・カラシニコフとの出会い」
①②以外にも活動を行う理由はありますが、そちらについては機会があれば追加します。
そんな想いを持ちながら「自分に何ができるだろう?」「自分ももう46だし自分が生きた証を残すには何だろう?」と想う日々を送っていました。
そんな時に知ったのが歌舞伎町の広場で子供たちにご飯を提供している歌舞伎町卍會という存在、代表のハウル・カラシニコフという人間の存在でした。
去年の2月だったと思います。
初めて歌舞伎町のトー横広場で彼と会いました。
そして、今まで意識しなかったトー横広場という場所を改めて認識しそこに集まる子供たちの存在を知りました。
残念ながら彼は去年逮捕された後に亡くなってしまいました(死因は不明)が、当時の歌舞伎町卍會の人とは何人かとお付き合い、連絡のやり取りをさせてもらっています。
彼がやったことの善悪はありますが、私はこの点については彼に感謝しています。
少なくとも彼が活動をしていなければ今の交流はないのは事実です。
現状、当時のように毎週・毎日というのは無理ですが多少なりともその活動の一端が担えたらと思っています。